田園調布商店街について/田園調布商店街の歴史のご紹介。



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田園調布商店街について

昔、この地に80万uの地域に初めに家を建てた人達は、さしずめ無人島に漂着した感じだったでしょう。ましては店を出そうとした人達はいわゆるパイオニアです。

1936年9月に旭野会が産声を上げてから、戦災など幾多の試練を経て、中高層ビルが軒をつらねる日本有数の住宅地を控えた商店街として賑わっております。初めは27店舗しかなかった商店街も今や100を超す店舗数になりました。

そんな「旭野会」の由来はご存知ですか?田園調布は、大正末期まで東京府荏原郡調布村旭野と言われてました。会の創立者達は「なかなかいい地名だ」と言う事からの会名に決まったそうです。ちなみに西口交番も「旭の交番」と言っていました。

1980年代には星セント・ルイスのギャグのネタ(「弁がたつ、腕がたつ、田園調布に家が建つ」)にもなり全国区へ。警察署や消防署は、当初「東調布警察署」「東調布消防署」を名乗っおりましたが1987年(昭和62年)12月に警察署が、1994年(平成6年)11月1日に消防署がそれぞれ「田園調布 ー○○」と改称しました。

西側に面した洋館風の旧駅舎は東横線複々線化事業の一環としての田園調布 - 多摩川間改良工事に伴い1990年(平成2年)9月4日に使用停止となり解体されましたが、改良工事が完成した2000年(平成12年)1月15日に復元されました。復元後は駅舎としての機能はもっておりませんがその昔は西口、東口に分かれておりました。

公園

駅前

駅前広場